平城京三条二条坊宮跡  奈良時代  曲水式池泉
奈良市三条大路1−5−37
 平城京から昭和50年に発掘され、現在見ることが出来る最古の庭園である。この庭は天皇家か、その一族に関係する曲水宴遊の施設と言われているり盃を流し、面前を過ぎるまでに詩を作って詠み、盃を干す酒宴である。蛇足ながら「お流れを頂戴」とは「上流にいる上席者が故意にパスして末席者に酒を回す」から来ている、とのこと。さて、庭は総て敷石が敷き詰めてあり、水が澄み且つどこに座っても衣服が汚れないようにしてある。また、川幅は2mから6mでくねくねと蛇行した川の長さは55mもある、とのこと。 
  関連庭園としては松尾大社の曲水の庭、城南宮における現代の曲水の宴が有名だ。

▲迎賓館として外国からの客をもてなした
 この写真には思い出がある。川の流れを俯瞰的に撮ろうと思い、丁度あった椅子に乗って撮影をしようとした。ところが折りたたみの椅子であったため、私はのけぞって倒れ、後ろにあった陳列ケースの角に頭をぶつけてしまった。恐る恐る頭に手を当てると頭皮が裂け出血していた。慌てて病院に行き7針縫った。

▲上流より下流を望む  曲水はS字型に流れ屈曲部の凸部には石を組み自然の州浜のようにした

曲水のデザインが確立していることがわかる

▲州浜先端の石組み  川の中の木箱は菖蒲池といわれ節句の時に菖蒲を活けた

洲浜の先端に石組みがあり、その先に岩島がある。これは洲浜を長く見せる手法であり、平安時代の作庭記にも記されているが、その先駆的な内容だ。自然の造形を抽象化する作業が相当確立していたことがわかる。

上流からみた洲浜

洲浜先端の石組み

入り組んだ洲浜の衣装(上流から見た)

上記石組を下流から見た

▲新羅時代の曲水の宴跡(35年前の写真であるが、若かったなー)
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