永保寺の写真展と講演会
主催:多治見市教育委員会/文化財を守り伝える会、協力:永保寺
講演会日時:2011年10月15日 10:00〜11:20と13:30〜14:50の2回 終了いたしました
写真展サイズ:は上記講演会場所で(写真のサイズは250×180cが7点、180×90cmが2点、
          180×140cmが7点などの大判写真大判
講演会内容
@各時代の宗教と庭園
A夢窓国師の系譜(蘭渓道隆から雪舟まで)
B日本庭園は芸術といえるか(芸術であるためには如何にあるべきか)

会場は144畳

講演会風景

右側障子面

左側障子面
坐禅石と坐禅窟の展示例(280×180cm)

永保寺の坐禅石

瑞泉寺

西芳寺の坐禅石
龍門瀑6点(180×140cm)
 
西芳寺                           天龍寺
 
保国寺                             常栄寺(雪舟寺)
 
光前寺                             百瀬家(松本市)

井上家(大阪市名勝)露地であるが、林立する石柱は禅石庭のようだ。それは、重森は蹲の源流を西芳寺の龍淵水に求めたからだ。

村上家(昭和24年)
 当庭は三神仙島と苔地の州浜のある枯山水である。東福寺の方丈と光明院の両要素を含んである。重森の戦後初の仕事だ。多くのアイディアが詰まっている。上記のような基本構造は以後の個人所有の枯山水庭園を決定づけている。
 また、軒下には鞍馬石の延段があるが、まだ直線状態だ。そのため、書院前の枯山水の池には州浜がある。しかしこのあとの作品になると、延段自体が洲浜型になり、軒下に海岸風景が出現する。つまり奥行きのない市街地であっても奥行きの感じる庭園になる。
 さらにまた、この庭には平面型の龍門瀑が組まれている。龍門瀑といっても、水落石のない三尊様式の滝である。主尊は2石を合わせて作られから滝が轟音を立てながら流れている様を示している。山口県の普門寺の滝のようだ。