訪問した街と聖堂 ポワティエノ:ートルダム・ラ・グランド教会 
      :サン・ジャン礼拝堂
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特徴 世界史的な戦いが2度行われた丘の町

 この街は歴史にたびたび登場する。先ずは711年イベリア半島に上陸したイスラム勢力は瞬く間に半島を席巻し、さらに732年天然の要塞ピレネーを越えてこの地に達した。このときフランク王国の君主シャルル・マルテルがツール・ポワティエで迎え撃ち激戦の末打ち破った。歴史にはifがないと言うが、もしフランク族が負けていればカール大帝によるヨーロッパはなく、現在はあたかもバルカン半島のようなモザイク国家群になった可能性が大きい。

 次にこの街が歴史に登場するのは百年戦争だ。この戦いは現フランス領内で英仏が1337年から1453年まで約百年間戦った。1356年このポワティエでイギリスのエドワード黒太子の活躍で英国の勝利し、フランスの約半分に当たる西フランスをイギリス領とした。

 尚、百年戦争が終わってからイギリスでは「ばら戦争」を経過して絶対王政が成立。フランスでも「ユグノー戦争」を経過して中央集権国家が成立する。

ノートルダム・ド・ラ・グランド教会
 松ぼっくりを思わせる尖塔が特徴の12世紀ロマネスク様式の教会。受胎告知、幼いイエスの沐浴などが彫刻されたファサードや、マエスタの聖母と光を背にしたキリストが描かれたフレスコ画がある。窓からの自然光が幻想的な空間を作り出している。


▲正面は修復完了(現在は北側修復中)

▲修復完了

▲修復中ファサードで歴史の時間           ▲隣のサン・ピエール大聖堂

▲巨大な円柱群は法隆寺の金堂にいるような錯覚 

橋からの眺め

▲夕暮れ
サン・ジャン礼拝堂
  4世紀半ばのガリアの建築術を代表するフランス最古の洗礼堂。壁に描かれたフレスコ画、大理石の円柱、古代様式の柱頭付円柱など今では数少なくなった古代フランスの宗教建築。特に地面を掘って作った洗礼槽が見所ではないか。

▲サン・ジャン礼拝堂 
 中に入るとローマの遺跡にいるようだ。 地面を掘った洗礼堂最も古拙。他に例があるだろうか

▲ 洗礼盤?(室内撮影禁止なので絵葉書より)    ▲内部空間(絵葉書) 

▲ケルトの痕跡

▲学生の町

郊外のNouaille Maupertuis村 
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